切なさ、ひきかえに。

♡カッコいいのに可愛くてズルい帝王薮さま♡

『切なさ、ひきかえに』が大勝利したナゴヤドーム

10周年を迎える今年の春頃から兆しはあったしそんな気はしていた。
雑誌のインタビュー記事などを読むとかなりの頻度でこの曲名を目にしてきたからだ。
JUMPが、薮くんがAnniversary Yearで『切なさ、ひきかえに』の封印を解くのではないかと。

JUMP史上最も美しいこの曲は2014年の東京ドームで披露されただけで、その後歌われることがなくなってしまった。
本来であればアルバム『smart』に収録されていたので夏のツアーでセトリ入りは確実だったはず。なのに外された。
本当の理由なんてわからないけど当時を知るファンであれば“あの一件”以外に思い当たることはない。薮くんはその当事者であり、この曲の作詞者でもあったから、おそらくペナルティとして歌わせてもらえなかったのだ。誰かを苦しいほどに想う美しい日本語の詞は“誰”に向けて書かれたのかと憶測が飛んだし、渦中の人間を連想させるような曲を聴かされたら堪らないという意見も多くあったように記憶している。この曲が歌われなくなったのは事務所のファンに対する配慮もあってのことだったのかもしれない。
今にして思えばその程度で済んで良かった。よく辞めさせられずに済んだと思うほどアイドルとして最悪のイメージダウンだったし、実際に多くのファンが悲しみ怒り失望し去っていった。この件に関して薮くんに非があったことは間違いないけど、それ以上に悪意に満ちたSNSで執拗な嫌がらせを繰り返したもう一人の当事者を決して許すことは出来ない。一人の人間をネットという簡単なツールで壊そうとしたのだから。写真週刊誌だけでもしんどいのに執念深い当事者から毎週末爆弾写真をSNS上に投下し続けられた恐怖の日々はそうそう忘れられるものじゃない。
薮くんを嫌いになることはなかったし出来なかった。でも何でこんなことを…と思ったし、何より薮くんの人を見る目の無さにガッカリした。そして明らかに声援も減り干されている自担を目の当たりにする勇気がなくて2年間現場に行けなかったのだ。ウジウジ悶々とJUMPと薮くんを横目で見ているだけだった。
京セラのカウコンで現場復帰したけれど、あの歌は一生封印したままでいい、何も知らなかったときの良い想い出のままでいいと思っていた。
でも名曲は名曲なのだ。
多くの人が『切なさ、ひきかえに』をコンサートでも聴きたいと願い声に出すようになった。
そしてドームツアーの初日、Twitter上でその曲を歌ったと歓喜の声がいくつもいくつも流れてきた。
ついにこの日が来てしまい名古屋に参戦する私の気持ちは複雑だった。

そしてクリスマスイブのナゴヤドーム
美しいピアノの音色が聴こえてきた。
因縁の『切なさ、ひきかえに』。私は一体このすったもんだあった曲を3年経った今どういう思いで聴くのだろうと覚悟していたけど、正直言うと涙も出なかったし非常にニュートラルな状態で薮くんだけをじっと見つめて聴いていた。
考えてもみて欲しい。peacefullでheartwarmingな『From』.と楽しくて多幸感溢れる『JUMPing CAR』に挟まれたこの曲を感傷にどっぷり浸かりながら聴けますか?ついでにいうとハデハデなメンカラ衣装があまりに曲に合っていなかったことも書いておこう。感傷より違和感の方が勝ったという結果。
私のツマラナイちっぽけな感情なんてもう圧倒的にセトリの勝利、薮宏太の勝利ですよ 笑
薮くんはこの美しい曲を聞きたいと願っている多くの新しいファンの声を知っていたと思う。一方で私のような複雑な思いを持つ自担の存在も承知していたはず。あれから時間が経ち、言い方は悪いけれどあからさまに干されてた時期も過ぎた。多くのこの楽曲を望む声もある。しかも10周年だ。今この曲を披露して喜ぶ人の方が多いし、タイミングとしては申し分ない。そう判断してセトリに入った曲ではないかと思います。
結果は大成功。この曲が披露されることを待ち望んでいたファンは大喜びだし、何より薮くんも本当の意味で気持ちにケリをつけられたのではないでしょうか。
あの日東京ドームで披露されたこの曲を歌う薮くんの表情が思い詰めているように感じて不安だったのだけど、ナゴヤドームでの薮くんはいつものように感情をその声に込めて歌っていたように見えた。悲壮感も思い詰めた表情でもなく。それが私には一番嬉しかったかな。

帰りの新幹線の中でこの曲をボリューム上げて聴いた。旋律、歌詞、歌声のすべてが美しい曲が私の頭の中で溶けるように流れていく。窓の外は予報どおり雨の夜。あまりにもこの曲が美しすぎて、薮くんの声が、歌が好き過ぎてちょっとだけ涙が出た。
薮くんも少し遠回りしたけど、今この時、10周年にあなたがJUMPにいてくれて本当に良かった。
おかえり、美しい曲。